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『言葉の覇者』/ビートたけし、被災者のために動く

『言葉の覇者』ブログより



■ビートたけし、被災者のために動く

3月19日の東京スポーツ新聞一面より抜粋します。

「今回の震災で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます」。
たけしは神妙そうな面持ちでこう話したが、実は「芸人」として義援活動などを
行うことには常日頃から、抵抗があったという。

「こういう時にさ『芸人は被災地に笑いを届けることしかできない』なんて
意見もあるけどさ、そういうのは戯言(ざれごと)でしかないんだよね。
メシがちゃんと食えてさ、ゆっくり眠れる場所があって、
初めて人間は心から笑えるんじゃないかな」

さらに、「所とも話したんだけどさ、こういう事態の時にさ、
着ぐるみなんか着てやってられないよ、って。こういう時には芸人は何もできないよ。
粛々とするしかないんだよ。この震災が何とか落ち着いてから
『これから頑張って立ち上がっていこう』って時に、芸人が役に立つんだ」
と言い放つほど、義援活動には積極的ではなかった。

タレントたちが旗印となって募金活動を行うことにも
「そういうのも違うんじゃないかなと思ってる」と懐疑的な見方をしていた。

だが、そんなたけしも今回の大震災での被災状況の深刻さが明らかになると
「何かしてあげたい」という思いが募った。それほど強烈無比な大震災だったのだ。

そしてたけしは「こういう時は個々の悲しみに対して、想像力を
働かせることが大事だ」と話すと、ひと呼吸置いてから次のように述べた。

「数字じゃない。この大震災で死者は1万人、もしかしたら2万人を
超えてしまうかもしれない。でも『1万人』『2万人』とひとくくりにして
考えてしまうと、被災者のことを全く理解できなくなっちゃうよ。
それぞれにそれぞれの悲しみがある。
個人にとっては家族や身内が死ぬことの方がつらい。その悲しみが1万人、
2万人分あるってことなんだ。そう考えれば重さがわかるだろ」

芸人として、人間として「何ができるか」。
そればかり考えていた時、たけしと同じ考えで義援金に対しては
消極的だった所から、こんな声が掛かった。

「おじさん(たけしのこと)、被災者のために何かできることやろうよ」

この言葉がたけしを決断させた。2人で計1000万円を被災地に送ることが
決まった瞬間だ。不足している生活物資や衣料品など少しでも役に立つものを
被災者のために購入してもらう。
そのためにこの1000万円を役立ててもらいたいというのだ。

本紙は大地震発生以降、現地の惨状などを紙面を通じて伝えてきた。
たけしは「東スポ客員編集長としてできることをやらなきゃいけねえだろう」と、
本紙を通じて被災地へ義援金を送ることを決めた。

本紙客員編集長と所の意思は必ず被災地に届くはずだ。


■ビートたけし、個々の悲しみに想像力を

週刊ポスト2011年4月1日号121~122ページ「21世紀毒談特別編」より抜粋します。
見出しは、『「被災地に笑いを」なんて戯れ言だ』です。
*****

『言葉の覇者』ブログより
【お詫び・訂正】
 ご迷惑をおかけ致しまして申し訳ございません。
勉強不足で、全文抜粋に対して何人かの方々から注意を受けました。
部分的な抜粋をして、再度UPすることになりました。
全文をご希望の方は、申し訳ございませんが、
今週発売の「週刊ポスト」をご購読下さい。
深くお詫び申し上げます。

*****

今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。
テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。
だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、
被害者のことをまったく理解できないんだよ。
じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、
そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。
人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、
そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。
本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。
被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは
「妻が」「子供が」だろ。
一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が
一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、
自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと
思ってしまうのが人間なんだよ。
そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。2万通りの死に、
それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、
その悲しみに今も耐えてるんだから。
だから、日本中が重苦しい雰囲気になってしまうのも仕方がないよな。
その地震の揺れの大きさと被害も相まって、日本の多くの人たちが
現在進行形で身の危険を感じているわけでね。
その悲しみと恐怖の「実感」が全国を覆っているんだからさ。

*****
【以下、私の感想です】
これは、一部分ですが、このビートたけしさんの文章は、人によっては、
「現地を知らないくせに、偉そうに言うな!」と感じるかもしれません。
震災からもうすぐ2週間になりますが、原発問題、計画停電による混乱、
風評被害、あらゆる問題が山積していて、
大小あれど、悩みを抱えている人々が沢山います。

ビートたけしさんは、誰もが知る有名人であり、おそらく震災後、
もっとも発言を待たれた人の一人だと思う。
私のブログは、半年前からビートたけしさんの発言などを追いかけていました。
今回、ビートたけしさんが、公に発言された最初は、
東京スポーツ新聞だと思います。そこにも、個人個人の悲しみに対して想像力を
働かすことが大事だと発言しています。

ほとんどの方々が体験したことがない大震災、私は東京で働いており、
自分の会社のビルの中にいたのですが、ものすごい揺れ、
そして隣のビルの揺れ方もすごく、おおげさかもわかりませんが、
隣のビルも自分のビルも崩壊すると、かつてない恐怖が迫ってきた瞬間がありました。

無事に帰宅した後、テレビで、今回の惨状を見たが、信じられない状況だった。
現地に比べたらたいしたことではありませんが、
東京にいた私ですら、恐怖がまだ消えない。

テレビは、震災報道一色、目を背けたくなる映像が24時間流れ、
テレビを見たくなくなりました。
そんな中、ビートたけしさんの話を聞きたいと思ったのです。
戦後の貧しい時代を生きて、バイク事故で瀕死の状態も体験している、
そして何より力強い「言葉」を持つ。
けして神格化したいわけじゃありませんが、常識人ビートたけしが、
この状況をどう思ったのか、我々は、どうするべきかのヒントを

与えてくれると思ったのです。
上の文章の中にはありませんが、
「やるべきことをやる」というようなことも言っていた。
そして、私が一番驚いたのが、ビートたけしさんが文章の締めに
「最高の一本」となる映画を撮りたいと言っているところです。
珍しいと思いました、本音なんだろうと、今一番やりたいことを言う、
性格からして言わないはずなのに…

正直に告白すると、最初に読んだ時は、ちょっと今の状況に比べると弱いなと、
言葉が状況に負けているなと思いました。しかし、
この状況はそれだけ言葉を奪う状況だとも思ったのです。
ビートたけしさんは、政治家ではない、地震の専門家でもなければ、
原発の専門家でもない、芸人です。
本来ならば、粛々としている、出番がくるまで待つはずです。

しかし、それを周囲が望まないことは本人が一番よくわかっていたはずです。
個人個人の悲しみに想像力を働かせ、今やるべきことをやる、
これを勇気を持って発言できる著名人がはたして他にいるのか、
私はビートたけしさんの言葉が、ある社会的な役割を果たしているのだと
実感しています。

ビートたけしさんが芸人だろうが、映画監督だろうが、まったく関係がない。
これからも、被災者の方々のためにビートたけしさんが動くはずです。
この文章は、良い、悪い、ではなくて、
人生の大先輩から、我々に対してへの精一杯のメッセージなんだと思います。



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