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ニューズ・ウィーク/「こころの問題」は比較も非難もできないのでは

25.03.2011 冷泉彰彦
膨大な悲劇を前にして「こころの問題」は比較も非難もできないのでは?

この夏の東京湾大華火祭が中止となりました。このニュースを聞いた瞬間に、多くのネット上での世論同様に、私も自粛ムードが過剰という印象を持ちました。考えてみれば、この時期の花火大会というのは「盂蘭盆会(うらぼんえ)」という伝統行事に重なってきます。今回の大震災で犠牲になった人々の「新盆」になるわけです。ですから、膨大な犠牲者の霊が道に迷わないようにという「盆の迎え火、送り火」の行事、あるいは精霊流しなどと同様に、夏の夜の闇に抗する花火の明滅を止めてしまうのには抵抗感がある、そんなことも思いました。

 あるいは、今回の震災で様々な形で家族が離れ離れになっているのであれば、せめてこの夏の夜の花火の頃を目処に再び家族が合流できればなどということも思ったのです。ですが、23日に配達されてきた、『ニューヨーク・タイムス』の一面トップに掲載されていた深田志穂氏の写真を見てこころが揺れました。
それは被災地の小学校で行われた卒業式の写真で、列席した小学生の少年が毅然と前を向きながら涙を流している写真でした。(続く)

 
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