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Financial Times/大災害の爪痕 ~FT現地ルポ

25.03.2011
大災害の爪痕 ~FT現地ルポ(1/3)~

地震と津波は東北地方に最もひどい打撃を与えた。現地の惨状を目の当たりにしたデビッド・ピリングが、
恐ろしい惨状と人々の毅然とした態度についてリポートする。

日本の家屋では「敷居」が非常に重要な意味を持つ。敷居は外と内、
すなわちパブリックとプライベートを分ける境目である。神道という日本古来の宗教では、
2つの相反する世界を分け隔てると同時に結びつける、目に見えない空間だと見なされている。

 そのため、大船渡という港町に住む元大工のサトウ・セイザブロウさん(82歳)を
自宅に訪ねる人たちが、家に上がる時に歌うように
「オジャマシマス」と声をかけるのはごく自然なことだ。

 この言葉は、直訳すれば「I am about to disturb you(私はあなたに迷惑をかけるところです)」
といったところだ。英語では「May I come in?(入ってもいいですか?)」と表現されるかもしれない。
(続く)


25.03.2011
大災害の爪痕 ~FT現地ルポ(2/3)~

日本で東北関東大震災と呼ばれるようになった大地震が発生した3月11日、筆者は北京にいた。
中国人の中には、東京から1300マイル(約2100キロ)離れているのに、
地面の揺れを感じたと話す人もいた。

■北京で知った大震災の悲劇

 筆者は全世界の何百万人の人々と同じように、テレビで流される津波の映像と、
次第に明らかになる悲劇の規模を、恐怖に駆られながら見ていた。この段階では、
公式発表された死者の数はまだ100人に満たなかったが、巨大な波が町や空港を押し流していく
恐ろしい映像は、それでは済まない事態であることを物語っていた。

 それから間もなく、福島第一原子力発電所の危機が報じられた。
東京の北150マイル(約240キロ)に位置するこの原発では、非常用電源が津波によって破壊され、
冷却システムが停止した。やがて原子炉とその近くの使用済み核燃料貯蔵プールにあるウランが過熱し、
爆発と火災が発生。放射性物質が大気中に放出された。(続く)


01.04.2011
大災害の爪痕 ~FT現地ルポ(3/3) ~

この日、大船渡の瓦礫の中で、持ち帰れる物がないか探している人はサトウさんだけではなかった。

 少し離れたところで、足を引きずりながら線路に沿って歩いている2人の中年女性の姿が目にとまった。
この単調な風景の中で生き物が動いている、と一瞬ショックに近い感覚が走る。

 1人は赤い杖をつき、毛糸で編んだ帽子を被っている。ほおの色はりんごのように赤い。
もう1人は白いマスクをつけている。2人ともリュックサックを背負い、
寒さに備えてしっかり着込んでいる。

 恐らく50代のシモダテ・ヒロミさんは喫茶店のオーナーだ。少なくとも、この間まではそうだった。

 この辺りにお店があったんですよ、と彼女は手を振りながら教えてくれた。
「うちのものが何かないかと思って探してるんです。その、ほら、イスとかそういうもの」。
何か申し訳なさそうな口調でシモダテさんはそう話す。

 地震が起きた時、2人ともこの喫茶店にいたという。連れのキムラ・ヤスコさんが、
スマートフォンに収めてあった店の写真を見せてくれる。ピンクが基調の内装で、
額に入った写真が何枚か飾られている。つい数日前の、別の時代に撮られたものだ。

 お店はすごく揺れた、とキムラさんは言う。津波警報が聞こえたので、大急ぎで車に乗り、
海から離れたのだという。(続く)



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