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あまりにも日本的な東電社長の「ふがいなさ」 日本的経営を改めて考えてみた/JBプレス

21.04.2011 前屋 毅
あまりにも日本的な東電社長の「ふがいなさ」
日本的経営を改めて考えてみた

3月11日に起きた福島第一原子力発電所事故では、何より清水正孝・東京電力社長の対応のマズさが際立っていた。「日本的社長」の典型を見るような思いだ。

 4月17日になって東京電力は、6月の定時株主総会で、勝俣恒久会長か清水正孝社長の少なくとも一方は事故の責任を取って辞任する方針を明らかにした。事前の事故防止対策や事故後の処理の遅れにも大きな疑問が持たれている中で、経営者の引責辞任は当然と言っていいだろう。
これだけの大事故でありながら、その対応の先頭に立たなければならないはずの清水社長は、事故発生後の3月16日から約1週間、職務から離れていたことが明らかになっている。過労が原因で体調を崩して入院していたと言われるが、その時点で社長の座にある資格を失ったと言わざるを得ない。

 にもかかわらず4月13日になって、東京電力本社で記者会見を開いた清水社長は「これからに向けても体調は万全」と発言。今後も社長としての責務を果たす姿勢を見せていた。

 しかし、4月17日の引責辞任に言及した会見を行ったのは、勝俣会長だった。そこに社長の責務を果たすと意思表示したはずの清水社長の姿はなく、現在の東電における「実力者」が社長ではないことを見せつけた。

危機発生時に国民の反感を買う社長

 こうした清水社長の「ふがいなさ」は東京電力内部の権力争いに原因があるとの指摘も多いが、「危機に弱い」という日本の社長の典型とも言える。危機に弱い社長は、日本的経営の特徴とも言えるのだ。

 2000年6月、雪印乳業(現・雪印メグミルク)大阪工場で製造された「雪印低脂肪乳」を飲んで嘔吐や下痢などの症状を呈する子どもが続出した。いわゆる「雪印集団食中毒事件」である。

 その記者会見で、会見時間の延長を求める記者たちに対して、当時の石川哲郎社長は「そんなこと言ったってねぇ、わたしは寝ていないんだよ」と発言した。その発言が、「危機感と責任感の無さ」としてマスメディアに大きく取り扱われ、国民の反感を買った。

 同時に、そんな発言を社長にさせてしまった広報体制の不備を指摘する声も少なくなかった。危機状況の時に社長が取るべき姿勢、発言を事前に徹底させていなかったのが悪い、というわけだ。

 雪印集団食中毒事件よりも前、1997年に多額の不良債権を抱えて自主廃業となった山一證券の場合、自主廃業を発表した当時の野澤正平社長は、「みんな私たちが悪いんであって、社員は悪くありませんから」と発言し、テレビカメラの前で大泣きしてみせた。
 社員をかばう経営者として世間の同情を集めようとしたのかもしれないが、それとは反対に多くの国民をシラケさせ、反感を買った。海外メディアの反応も極めて冷ややかだった。最大の被害者である投資家ではなく、社員をかばうことを優先したからだ。これまた、危機に弱い経営者の姿を露呈しただけのことだった。

日本の社長はしょせん「上がった」サラリーマン

 新社長就任の記事で使われる常套句といえば、「リーダーシップに期待したい」である。他人事ではなく、私も何回も使った。

 そのリーダーシップは危機の時こそ発揮されなくてはならないはずだが、前記の例のように、なかなか発揮されない。逆に足を引っ張るようなことが多いのは、前記のような例が少なくないことでも分かる。

 なぜ、日本の経営者は危機に弱いのか。もしくは、危機への対処がマズいのだろうか。

 「社長はサラリーマンとしての上がり」というイメージが、日本のビジネス社会では古くからあった。社内での出世競争を勝ち抜いてきて最後のポストが社長、というわけだ。双六の「上がり」である。親会社あたりからの「天下り」というのもあるが、それもサラリーマンにとって1つの「上がり」である。

 しかも日本の場合、加点主義ではなく、減点主義の傾向が強い。いかにチャレンジしたかではなく、失敗しないことの方が評価され、「上がり」に近づいていくことになる。

 失敗しないことも簡単ではないかもしれない。それはそれなりに努力が必要になる。失敗の責任を自らは絶対取らずに他人に押しつける、なんて努力も必要になるのだ。そういう人物ほど「出世」し、「上がり」に近づいていくことになる。だから、「あんなのが上司か?」なんて声があっちでもこっちでも聞かれることになる。

社長になるコツはリスクを背負い込まないこと

 失敗しないだけでは「上がり」に近づけない。「上がり」に近づくには目立つことも必要だからだ。失敗しないで目立つにはどうするかといえば、成功した時だけに目立てばいいのだ。

 失敗した時には他人に責任をなすりつけ、成功した時には我が手柄のように表にしゃしゃり出る。これこそが、「上がり」を手に入れる最大のポイントでもある。

 こうした傾向は昔から批判されてきた。批判されてはきたが、なかなか変わらない。積極的に変えようという気もないようにさえ思える。
だから、日本企業ではチャレンジがしにくい。チャレンジには失敗がつきもので、「上がり」となるためには不利になるからだ。新しいことにチャレンジしないことが「上がり」に近づく条件でもあるのだ。

 そうして「上がり」になったのだから、リーダーシップを求められても困るだろう。リーダーシップはリスクを背負い込むことだからだ。リスクを背負い込むことは日本的「上がり」の法則からいえば逆のことでしかない。

 特に危機の時のリーダーシップは、大きなリスクを背負い込まなければならない。それまでのやり方が通用しなくなったからこそ危機になっているわけで、それまでのやり方を失敗なくこなそうという姿勢では乗り越えられない。

対応の遅さをひたすら釈明する東電社長

 日本の経営者が危機に弱いのは、「上がり」を目指す日本的な体質そのままだからなのだ。責任を背負い込むということに慣れていない。できない、と言った方がいいかもしれない。

 最後には引責辞任ということになるのだが、本当の意味での責任の取り方かどうか疑わしい。責任を他人になすりつけた、だけかもしれないからだ。

 4月18日、東京電力の清水正孝社長は参院予算委員会に参考人として出席した。そして福島第一原発事故での初動対応で、原子炉格納容器の内部圧力を下げる「ベント」作業が遅れて事故が悪化したと指摘されると、「暗闇の中で作業を強いられ、通信機能も喪失して連絡が困難だった」などと釈明に終始した。

 失敗はなかった、と言いたいだけなのだ。そこに、この事故を教訓としていく姿勢は感じられない。誰も納得させられないだろうし、東京電力の危機を救うことにはならない。この期におよんでも危機に弱い経営者そのものでしかないのだ。

 失敗しないことが「上がり」に近づく道、という日本的な仕組みを意識的に変えないことには、日本の企業は危機に弱いままで終わってしまうだろう。

 戦後の復興は「失敗しないこと」で実現されたものではない。逆で、リスクを背負い込むチャレンジの連続で成し遂げられたものだ。それが、いつの間にやら、リスクを背負いこまないことが「上がり」へと続く道になってしまっている。

 地震による大津波、加えて原発事故と、日本経済はまさに「復興」が必要な状況となっている。その復興を、日本的な「上がり」が足を引っ張りかねないのだ。


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