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有事のリーダーシップ、平時のリーダーシップ

27.04.2011 一橋大学大学院商学研究科教授 守島基博/ロイター
有事のリーダーシップ、平時のリーダーシップ
リーダーは安全と安心以上に夢と希望を与えるべき
プレジデント 2011年5.16号

今回の震災では、日本を代表するインフラ企業や政府トップに、リーダーシップの欠如が露呈した。

今回の震災では、日本を代表するインフラ企業や政府トップに、リーダーシップの欠如が露呈した。日本型リーダーの特徴を分析すると、なぜ有事に弱いのかが浮かび上がってくる。

なぜ経営者は謝るようになったのか

まず今回の大規模な地震とそれに伴う災害にあわれた皆様へお悔やみとお見舞いを申し上げたい。今回の大震災は、かつて日本が遭遇したことのない大規模な災害であり、被災者、援助者を含めて、復興を目指されている方々には敬服の念に堪えない。早い復興を願うばかりである。

また、組織と人の研究をしている私としても、今回の災害は大きなショックであり、日本の企業経営の特徴についてかなり深く考えさせられる事態だった。なかでも深く考えさせられたのが、リーダーに関してである。今回の災害からは、わが国におけるリーダーシップの強みと弱みについて学んだことが多かった。

まず、最初が組織の統率者による、外部志向のリーダーシップである。経営学でも最近、内部管理や内部ガバナンスを中心としたリーダーの役割から、組織外部へ向けたリーダーの行動を重視するようになってきている。

そのなかで、外部への情報発信やCSR/IR的な意味でのリーダーの役割が重視されてきた。テレビ画面で、経営者の「申し訳ありません」といったお辞儀が頻繁に見られるようになったのも、こうした動きと関係があろう。

当然だが、リーダーには組織を率いる人というイメージが強く、組織内部のガバナンスや組織内部で働く人の意欲を鼓舞する、という側面が常に強調される。実態としても日本のリーダーたちは、内部ガバナンスにはそれなりに成功してきた。

だが、組織外部へ向けてのリーダーシップには、別の重要な機能があることを今回の災害は思い出させてくれた。それは組織間の連携である。今回のような危機的状況では、自分の組織のもつ資源だけでは対応できないことが多く、他の組織との連携が必要になる。連携をとって、活用可能な資源を大きくし、危機に効果的に対応する。そうしたある意味では当たり前の機能が外部志向のリーダーシップの重要な一部分である。

もちろん、組織の下部組織ごとにこうした連携をとっていくことも可能だが、組織の上を見て行動することに慣れている一般メンバーでは限界があり、やはり大きな力を生み出すには、リーダーの指揮による組織間連携の力が必要になる。

日本のリーダーは現場重視の意味をわかっていない

今回、東京電力の福島原子力発電所への対応を見ていると、こうした意味での連携を培うリーダーが不在であったと思われる。新聞報道によると、かなり早い時期から、米国、フランスの諸外国や外部組織の対応援助の申し出があったにもかかわらず、どうしてそれを活用できなかったのか。

また原子力安全・保安院などの政府機関との連携も怪しげだ。今にして思えば、なのだが、ここら辺の連携を早くから構築しておけば、もう少し早い解決へと進んだのではないか。

これに対して、これも新聞報道だが、個人レベルでは、かなりの程度“草の根”連携が進み、大きな資源が生まれ有効に活用されたと聞く。特に、今回の震災ではインターネット上の連携が目立つ。企業同士、企業と市民といったさまざまな連携だ。

例えば、関係者からの注目を集めているのは、グーグルの災害情報ページ「クライシスレスポンス」である。このページには外部からの情報提供を生かした複数のサービスが展開されている。

また、ネット上で節電や買いだめ抑制を呼びかける自然発生的な動きが相次いだのも今回の特徴である。アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で敵を倒すための兵器に必要な電力を供給するため停電させたことに由来する「ヤシマ作戦」や、「どうぞどうぞ」と譲り合うギャグで知られるダチョウ倶楽部の上島竜兵さんから取ったという「ウエシマ作戦」など、個人レベルで幅広く連携していく姿勢が打ち出されている。

当然のことだが、組織というのはまず内部の統制をはかることが優先される。だが、危機的な状況では、組織間、企業間の連携が必要なのである。組織間の壁を乗り越えることができるのは、恐らくリーダーしかいないだろう。

通常強い壁に守られた組織内部の人はリーダーが承認していると思わない限り、自ら外との連携をとることはしない。そこから抜け出すには大きな勇気がいるからだ。“草の根”連携は強い組織の壁のなかで暮らしていない人々だからこそできたのだろう。

自分のところで調達できないリソースを獲得するために、自らの自主性をある程度犠牲にしても、他の組織と連携を組み、問題解決を図る。そうした勇気あるリーダーの行動が求められる。第二に日本のリーダーたちは、現場重視、現場重視といいながら、本当に現場を重視することの意味をわかっていたのだろうか、という疑問が出てきた。

確かに、現場の意思決定力や問題解決能力を重視し、資源を投資し、現場における改良・改善などの力を開発することに努めてきたということはある。その意味でリーダーたちは、現場が経営上の鍵だと思い、強い現場の確保のために努力してきたようだ。

だが、それは「現場重視」の一面なのである。現場重視は、「平時」と「戦時」で大きな違いがあるのだ。平時というのは、普通の状態である。大きな変動は想定していない。異常事態もそんなに大きいものは起こらない。

その状況では、現場で判断し、現場で問題を解決したほうが効率的である。いちいち組織上部に判断を仰いでいたら、それだけ時間を食ってしまい、不良品が最終工程で山積みになってしまう。日本の製造業について行われた研究の多くが、比較的小さな異常への対処能力を現場に備えておくことが日本のモノづくりにとって効果的であったことを示している。だが、それはあくまでも、平時、つまり大きな変動を伴わないときである。

逆に戦時、いうなれば環境変動や問題が極めて大きく、解決に向けて新たな方向性が必要な場合はこの議論は当てはまらない。

変動が大きすぎて自らの問題解決能力では対応しきれない場合、現場は大きな方針なしで大きな変動に立ち向かうと間違いが大きくなり、またいろんな試行錯誤を繰り返すために、資源の無駄も出てくる。

さらに、そのなかで働く人が疲弊し、また人々が真面目である場合、目標を達成しようとして危険な行動にも走る可能性がある。

戦時の現場重視とは、平時とは逆に、明確な指針を示してあげることなのである。指針を出して、現場の人たちが試行錯誤するにしても、試行錯誤する範囲をある程度決めてあげる。それが戦時での現場重視だし、現場の問題解決能力の有効活用なのである。ゆめゆめ方針も現場が考えてくれると思ってはいけない。

再びだが、今回の東京電力の福島原発での状況はどうだったのだろうか。報道がほとんどないのでわかりにくいが、漏れ聞く様子では、どうやら現場があらゆることを試させられて、疲弊しているように思うのである。戦時の現場重視は、通常は経験できない。だからこそ、リーダーとして平時からきちんと考えておきたい。

コッターが説くリーダーとマネジャーの違い

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今回の震災で明らかになった
日本のリーダーの強み・弱み

そして最後がリーダーの役割としての夢や希望の提示である。今回の震災は、文字通り未曾有の大災害であり、その意味でなんとしても、まず被災した多くの方々に安心・安全である、という感覚をもっていただくことが必要である。その点から考えると、民主党政権は、限界があるなかで、かなり迅速に対応をしているように思う。

例えば、政府は3月末の時点で、被災地などにおける安全・安心の確保対策ワーキングチームの第1回会合を開催し、被災地などにおける安全・安心確保対策の骨子を決定した。また、4月7日には、最大4兆円になる災害復旧補正予算案を出している。この点については及第点だろう。

だが、ポイントは、復旧した後で何がくるのかである。復旧までの道のりは、遠くて苦しい。途中で挫折したくもなるだろう。諦める人も出てくるかもしれない。このなかで安心・安全の復旧を提示するだけで、人々の心を引き留められるのだろうか。意欲は持続するのだろうか。ハーバード大学のジョン・コッターは、リーダーとマネジャーの違いは、マネジャーが「計画立案」「予算配分」「人員配置」によって目標を達成することがその役割であり、リーダーの役割は、「ひとつの目標へ向けて組織メンバーの心を統合することである」と言う。

夢とか希望を与えて、新たな世界をつくり上げるための力を人々から引き出すのがリーダーの役割なのである。特に今回のような危機的な状況では、“戦略”や“計画”などの左脳的な作業による目標設定では不十分で、人心の統率には夢とか希望が必要だろう。たしかに、こうした自己実現動機は、安心・安全欲求が満たされないと湧いてこないという議論もある。安心が満たされないと、とても自己実現どころの騒ぎではないということなのである。これまで多くの経営学者も主張してきた。

でも、やはり最後は自己実現動機なのではないだろうか。自分がなってみたい自分、自分がつくりたい世界、目指す将来像。そうしたものをつくろうと動機づけられているときに、人々の意欲は最も強く、また長続きする。

それだからこそ、今回のような状況では、リーダーの役割としては、どこかで、人々の目標を、安心・安全への復旧を目標だとする段階から、より大きな何か実現したい何かへと移行させることが必要だ。経営学ではビジョンとか理念とか言われる概念と対応する。

これがないと、人々のモチベーションは長続きしないし、また人々は、安心と安全のなかで安住する。人々を安心と安全に埋没させては、今回の災害からの復興はありえないのである。

ちなみに、私は素人ながら、この震災をきっかけに、東北地区の一大産業圏としての再開発を狙うというのもあるかもしれないと思っている。長い年月をかけて完成させた高速道路および鉄道の南北の大動脈を根幹としての工業、農業、水産業が統合的に発達した地域を目指すのである。

東北はこれまでわが国ではやや発展が遅れた地域であった。例えばその結果、故郷が大好きな若者が東北に就職できず、首都圏などに流出してしまうという状況があった。やや不謹慎な言い方かもしれないが、今回の震災をきっかけとして、新たな東北を目指すのである。

内容の妥当性はさておいて、今の日本のリーダーはどうだろうか。安心と安定を供給するリーダーとしては及第点でも、国民に夢と希望を与えるリーダーとしてはどうなのだろうか。

今回の震災では、このことの意味を深く考えさせられた。東日本大震災からの復興はこうした夢がなくては進まない気がする。また、それが今リーダーに求められる課題で最も大きなものかもしれない。
ロイター http://president.jp.reuters.com/article/2011/04/27/2B7EF1EC-6CB5-11E0-A5DD-66F23E99CD51.php



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