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防災無線で避難呼び掛けた女性職員の遺体発見  左足首に夫プレゼントのミサンガ

02.05.2011 msn
防災無線で避難呼び掛けた女性職員の遺体発見 
左足首に夫プレゼントのミサンガ
 

津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町で、津波到達の直前まで防災放送で町民に高台への避難を呼び掛け続け、自らは行方不明となっていた同町職員、遠藤未希さん(24)とみられる遺体が2日までに、同町の沖合で見つかった。

dst11050211290008-n1.jpg
津波に襲われ鉄筋の骨組みだけが残った防災対策庁舎。
遠藤未希さんは2階から放送で避難を呼び掛けていた
=3月26日、宮城県南三陸町

 母親の美恵子さん(53)によると、遺体は4月23日、捜索隊が発見。昨年7月に結婚した夫(24)がプレゼントしたミサンガが左足首に巻かれ、右肩のあざなどを夫が遺体の写真で確認した。

 未希さんは夫と石巻市に住み、南三陸町役場に通っていた。遺体は町内に安置され、家族は今後、遺体を引き取り火葬する予定。

 遠藤さんは、昨年危機管理課に配属。3階建ての防災対策庁舎の2階で「6メートルの津波が来ます。避難してください」などと防災放送で何度も呼び掛けた。庁舎に残った約30人の職員のうち助かったのは10人で、遠藤さんも行方が分からなくなっていた。
msn http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110502/dst11050211290008-n1.htm

[民の声]2ch

遠藤さん・・・
合掌

黙祷

再現ドラマ化されるのだろうが
映画化は勘弁な

いい人すぎる・・・・。
ありがとう。あなたの防災無線で助かった人がたくさんいます。(涙

天国へ行け!天国へ行け!
合掌

世の中、理不尽なことであふれているというのは頭ではわかっているつもりですが
何とも・・・

ここまでは来ないだろう、という考えで逃げなかったのか?
合掌

南三陸5に加えて銅像に

13:どっかの消防の兄ちゃんの町内アナウンスが
「避難してください!!」から「避難せよ!!」と
命令形に変わったのは強烈だったな
しかし遠藤ちゃん、逃げてもよかったのに

おおおお~みつかったか
お疲れ様でした・・・

合掌。
そして新たなフラグの誕生。

>>13
遠藤さんは、最後には避難指示に促されて逃げたよ
そして最後に非常階段を登る姿を見たという同僚もいる
また津波に流されていったところを見たという人もいた

映画「ゴジラ」初号作にもこんな場面が登場したな
「さようならみなさん さようなら」
合掌。

南無阿弥陀仏
合掌

覚悟を決めて放送続けてたのだろうか。
士だ。

報道者の鏡だ、それに比べて昨今のマスゴミときたら

鉄骨の建物の3階? 本人は流されるって直前まで思ってなかったはず
変わり果てた姿 水中の死んだ魚状態かな

南三陸町長は屋上に逃げて助かったようだが、
職員に避難指示は出したのかな。
我先に逃げたんじゃないないだろうね。

「早く逃げてください」--。街全体が津波にのみ込まれ約1万7000人の人口のうち、約1万人の安否が分からなくなっている宮城県南三陸町は、町役場が跡形もなくなるなど壊滅した。
多くの町職員や警察官、消防職員が行方不明となったが、その中に津波に襲われるまで防災無線放送で住民に避難を呼びかけた女性職員がいた。
 「娘は最後まで声を振り絞ったと思う」。同町の遠藤美恵子さん(53)は、避難先の県志津川高校で涙を浮かべた。
娘の未希(みき)さん(25)は町危機管理課職員。地震後も役場別館の防災対策庁舎(3階建て)に残り、無線放送を続けた。
 難を逃れた町職員(33)によると、地震から約30分後、高さ10メートル以上の津波が町役場を襲った。
助かったのは10人。庁舎屋上の無線用鉄塔にしがみついていた。その中に未希さんはいなかった。

見つかってよかったとしか言えない

 「生きていたのか!」。たどりついた避難所で町民に驚かれた。
 庁舎が津波の直撃を受け、安否不明になっていた宮城県南三陸町の佐藤仁町長(59)が生還した。
骨組みだけになった庁舎3階の鉄骨の上で夜を明かし、避難所にたどりついたという。
人口約1万8000の南三陸町では依然、町民約1万人と連絡が取れない。「拾った命。町民のために全力を尽くす」。
佐藤町長は13日、公務に復帰し陣頭指揮を執った。
地震が起きた11日は町議会3月定例会の最終日だった。閉会のあいさつで前々日の津波に触れ、「引き続き災害に強いまちづくりを進めよう」と訴えている最中に、激しい揺れが襲った。
 「ついに来た。宮城県沖だ」と確信。町議らとともに総合防災庁舎に移動した。
津波が見えるとの連絡を受け、3階建ての庁舎の屋上に上がった。間もなく、津波が防潮堤を超えて押し寄せた。
  津波は第1波で庁舎をのみ込み、全ての壁と天井を打ち抜いた。佐藤町長の体は偶然、外の非常階段の手すりにぶつかって止まった。
 第2波、第3波は鉄骨の上で無線アンテナなどにしがみついて耐えた。「屋上には30人ほどいたが、気が付けば8人しか残っていなかった」
夜は雪の中、8人が鉄骨の上で、流れ着いた発泡スチロールや木っ端で火を起こし、暖を取った。12日の朝、庁舎に絡まった漁業用ロープを使って地上に下りた。

これはどうなんだろうなあ。消防団や警察官でもよくある話だが、
他の職員と共に逃げるべきだと思うけど。津波が迫ってきた時点で。
誰も非難しない。

これは功一級大勲位に相当する功績だ。

町長もいたし 重量鉄骨の3階建て 安全だと思ってたんだろ

もうひとり、昨日のスポーツニュースで言ってたけど、同じく防災庁舎で避難アナウンスしてた三浦さんという方も行方不明だとか

何パターンかの自動放送とか出来なかったのか
なまでは可哀そうだろう
彼女の生前の最期の姿は、津波に流されていった所だった(助かった同僚が証言)。
この時、彼女はどのような気持ちだったのだろうか。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい」、あるいは「私頑張った。皆助かっていて・・・」、それとも・・・
それを知るすべはもうない。
合掌

テレビ版日本沈没でも、最後に命を捨てて放送し続けるシーンがあったな
氷雪の門とはちょっと違うか
どこまでなら逃げられるかなんて、誰にもわからなかっただろうしな
ご冥福をお祈りします



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